人命尊重の精神について

遵法運転に徹していたとしても、思いがけない事故を起こすことがあります。例えば有せん道路を走行中に、交差する道路から車や自転車が飛び出してきた時などはどうすれば良いでしょうか。不幸にして事故に至ったとしても過失割合はゼロあるいは非常に低いものとなるでしょう。しかしそのことが保障するのは、単に自分の運転は法に違反していなかったという事実だけです。しかし事故を起こしてしまった場合には、過失割合などにかかわらず非常に後味の悪い気分が残ります。たとえ非がなくても警察の調べは無視する事はできませんし、車の損傷や怪我があれば更に煩雑な手続きと時間が要求されます。したがって非があろうがなかろうが、事故は徹底的に避けるようにしなくてはなりません。

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その場合は遵法精神に則るだけでは不十分であり、自分自身を含めて当事者の人命尊重の精神がなくてはなりません。例えば子供や老人は、交通ルールを知悉していないことが多いものです。横断歩道でもないのに車の行き来の確認も不十分にいきなり道路を渡ろうとするかもしれません。その場合彼らには悪意も注意不足の意識もありませんから、事故回避のためには常に危険予知型の安全運転に徹する必要があります。

 

 

しかしこれは個人の信条として徹底するだけでは不十分です。例えば何かの理由で睡眠不足になっており、自動車の運転にあたって集中力が不足していた時など、本来は車の運転そのものを避けなければいけなかったのです。事故を起こさなかったのだから結果オーライではなく、その可能性を全部つぶしておくことこそ真の意味での安全運転になるのだと知りましょう。